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時は2006年2月にサカノボル。



2005年日本山岳耐久レースで完歩、
小川和紙マラソン(ハーフ)で100分切りをしたので、

2月に行われた神奈川マラソン、
1時間30分をきれるかもと、入れ込んで臨んだの。

↑簡単に言うとね。調子こいたわけ。。。



結果。前半飛ばしすぎで15キロから失速。
1時間40分を越えてしまったのでした。 



このときの疾走で私の足は、

もうってしまう寸前だったのは知るよしもなかったの。





悔しくて次の日から通勤ランをはじめました。
(いつもは1日おき10キロが普通だった)


いきなり20キロっ!初日18キロくらい走ったところで・・・・



左足が・・・「
まていっ!」って叫んだの!!!



ピーンっていったの。力が入らないの。


でも。昨日のレースが本当に悔しかったから、

「こんなんであるいてたまるかよっ!」ってまた走り出したの。

さっきよりもはやくはやく走り出したのっ



次の日。左足は。。。イタイ遺●。。。


でも25キロ走ったの。痛かったけど。。。

こんな痛みに負けてたまるかヨッって走ったの。。。



でね。。。
負けたの。。。




次の日から左足が前に出ない。
横に出してから前に出さないと歩けない。痛い。



でもね。そのあと友人とトレイルランしようって約束してたし、
こんな痛みは走ってりゃなおるって思っていたから
っちゃった。




トレイルラン。
しかった♪



しかし、帰った後はもう
ベッドから動けない


歩くこともままならない。走ろうとすると左足の力が抜ける。
になる。



医者
ニコニコしてった。



折れてるよ多分♪疲労骨折。痛くなくなるまで走るの禁止だね。」



3月のレース 初フルマラソンと考えていたレースと、
ランニングをはじめた記念すべき大会をDNS!

お花見の季節DNS。ずーーっと走ることが出来ない。。。

春のこの季節に昨年は走ることが出来なかった。。。



やっと6月にまともに走れるようになって
北丹沢の試走に行った。
しかったなあ〜♪。。。



でも少し登るだけで疲れが、半分で左足がうずきだす。

でも何とかなるかもしれない。



何よりも
走れることがうれしかったの。





6月10日あたりから結構咳が出る風邪をひく。治っても咳が残るやつ、
 
いつまでも咳が残るやつ、寝ていると咳で寝れない奴。



コン コン ゲホッ ガハッ 
オエッ ゲキョッ グハッ ボヘっ 



結局この咳が治らないまま7月の土曜日になってしまった。。。

でも土曜日は仕事で
約7時間にわたりずっとしゃべり続ける

23時に会社を出てそのまま北丹沢に、車中泊。。。




いろいろ考え事をする。





「ひさびさのレースだな」 「この体で完走できるのかな」 



「咳やっぱりでるな」 



「車の中に
が入ってきたな」 「モスキートだな」 「欧米かっ。(笑)



結局ほとんど寝れずに準備を始める。

思い出してみれば体の調子が悪いのに妙に意気込みすぎた。。。



しかも えくんちょさんやリタさんに会えると
思っていたが会えず、スタートラインに並ぶことに。


スタートラインにチームメンバー4人で並んだ。

ここで私は、実は
貧血状態に!!!!


立ってられない 



メンバーに気づかれまいと 靴のひもを結びなおす。

気づかれないように結びなおす ゆっくり靴ひもを結びなおす




何とか立ってられる。



顔色は
もともと白いかられずにすんでいる(笑)



自分が自分に問いかけてくる。



「おめーよー!そんなんでよーー!大丈夫なのかよー!」



答え・・・・「
大丈夫じゃない



でもやるしかないっ!

疲労骨折以来
やっと走れる!やっとレースに参加できるんだから!



そしてレースは始まった!



白顔もとろとろと歩き出した。


  to be continued・・・






今、霊魂の謎が明らかに?(笑)

文:霊魂(白顔)