×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

1. ハセツネ牛歩計画誕生



奥多摩で何度かトレーニングをしていて、昔に比べて
ちょっとだけ走力(正確には歩力 笑)が上がったような気がした。

昨年、必死で登った同じルートを今年はのんびり登ってもタイムが短縮できたからだ。

「ハセツネは、前回よりペースを落としても時間短縮はできるかもしれない」と軟弱な自分が囁きかける。

最後のトレーニングはスタートから第1関門までとした。
トレーニングの目的は、歩いた場合の第1関門まで所要時間を計測する事だ。

絶対に走らないと決めた。

しかし、結果的にはイライラしてちょっとだけ走ってしまった(笑)

結果は5時間1分。

このタイムを見た時に「もうちょっと走れば5時間切れたのに」と悔しさがこみ上げた。


「レース当日は渋滞を含めても、走らずに6時間で第一関門に到着できる。
 そうすれば疲労の蓄積もなくレース後半は余裕がでるはずだ。」

「少なくとも完走は間違いない」と、帰りの電車の中で1人ニヤニヤと皮算用をする。

しかし、「何故、イライラして走ってしまったのか?」、「何故5時間が切れない事を悔しがったのか?」 と
自分の
人間としての未熟さ、卑しさに悲しくなった。

歩かないって決めたのは自分じゃないか。

決めた事
なぜ覆すような気持ちになるのか、自問自答で苦悩する北リタ記者。



2.ハセツネ・スタート



2007年10月20日(土曜日)午後1時、秋晴れの青空の下、待ちに待ったハセツネがスタート。

「走らず第一関門6時間」これだけを頭に叩き込みスタートする。

涼しくて気持ちがいい。何故か凄く楽しい気持ちでスタートができた。

レースに感謝。仲間に感謝。
走りながらとても幸せな気持ちになれた。
注:全部歩くと宣言したが「ロードは除く」です。自分勝手?(笑)


「第1関門までで、この登りが一番きつい。ここを超えれば後は楽だ」 と、
今熊山の登りで自分に言いか聞かせる。

レース序盤だから苦もなく登ってしまう今熊山だが、実は第1関門までの間で一番大きな登り。

「ここを登れたのだから後は怖くない」などと気休めの言葉を用意しておくのもレースを楽しむ秘訣(笑)

途中渋滞があったが、淡々と時間と景色は過ぎ去っていく。







3.老婆心ながら思う事



最近、レースに出場する自分自身が変わった点が2つある。

1つ目は渋滞に巻き込まれても、イライラしなくなった事。

2つ目は周りの人と合図をしたり、挨拶をしたり、
コミュニケーション(必要以上に喋るきらいはあるが 笑)を楽しむようになった事。

今までのレースでは、前方の選手に追いついてしまうと
多少自分自身が無理をしつつも追い越してしまっていた。

しかし、暫くするとその人にまた抜かれ、
恥ずかしい思いをする。

過去、そんな事を何度も繰り返すうちに
自分の醜さや幼さに気がつき、改めなきゃと思った。

しかし、思っている事を行動に移す事は難しい。

悩んで葛藤してやっと今頃になって 「
じっと待つ」 という簡単な事が行動に移せるようになった。

それを改めるのに数年かかってしまった俺は未熟だ。人生は日々が修行だなと改めて気がついた。


コミュニケーションの大切さに気がついたのは、トレーニング中に起きるハイカーとの接触だ。

トレイル・ランナーはいわば山の暴走族。ハイカーにとって走る物体は恐怖以外の何者でもない。

ランナーは「レースだ!」、「トレーニングだ!」、「修行だ!」、と大義名分の下に傲慢になりがちだ。

レースは公共の場を借りているという事を忘れてはいけない。ハイカーとすれ違うときは、
合図だけではなく「ごめんなさい、道、お借りしています」位の一言を伝える
余裕があってもいいと思う。

ちょっとした心使いでお互いが気持ちよくなる。
そして
笑顔も忘れずに(笑) 北リタ記者の笑顔見たくない、か(笑)


自分の記録を狙う前に、常に思いやりの心を忘れずに
楽しい雰囲気を作る事を考えよう。
そして、つまらぬ大義名分が心の片隅に存在しないか何度でも自分を見つめ直そう。

大義名分は怖いのだ。




4.えくんちょさんとの遭遇




第1関門を6時間弱で通過。想定の超範囲内(笑) 歩き通して来たので疲れは殆どない。

土俵岳の登りも今までになく楽に感じる。

話は変わるが、東京都にある山で「山」ではなく「岳」は土俵岳のみ。

いろんな地図で調べたが他に見つからなかった。ある意味貴重な存在だ。トリビアーン(笑)



土俵岳のあたりで、えくんちょさんに追いつく。 かなりペースを落としているので心配した。


北「体調はどう?」

え「体調いいよ。だけどハイドレーションが
カラになっちゃった!」

北「えー、
ここで!? ゼリーとかは持っているの?」

え「持っているよ。のどが渇いたらゼリー食べていく。」



あの時、僕はわざとらしく背中のザックを上下させて「
ジャブジャブ」という音を出そうかと思った。


僕は水がかなり余っていた。



ここ 水 が あ る。。





いや、そんな事したら、えくんちょさんに
失礼だろうが(


ただ、とても心配になった気持ちをその場で何故か気がついて欲しい自分がいた。



言葉に出す事自体が失格を意味する。

でも、例えそうだったとしても
絶対に「口に出さない事」がスポーツ競技におけるルール遵守であり

思いやりだと思った。


僕は先に行かせてもらった。


《失礼

相手に対して「失礼な発言」は慎みたい。しかし、失礼な発言に気付く事は難しい。

相手を思いやっているつもりが、押し売りの親切になってしまい、
結果的にそれが相手を傷つけてしまう事は多い。

親切をする方は得意になっているから気分は良いが、親切を受けるほうはココロを傷つけられる。

自慢話も怖い。悪気がない自慢話でも、聞くほうは いつもうんざりする。

自慢話をして有頂天になると、

聞き手も同じように楽しんでいると大きな錯覚をする
ものだ。

自分が楽しいと感じた時が赤信号だ。しかも親切の押し売りと自慢話が重なると最悪だ。

山道で疲労困憊の人に向かって、

「頑張れ、俺が荷物を持ってやる。心配するな、俺なんかこの山道を
 深夜ライト無しで20kgの荷を背負って歩いた事があるんだー。」

などと言ったら、助ける方はさぞかし英雄になった気分で楽しいだろうが、

助けられる方は完璧にココロがボロボロになり、人間不信になる。




僕は言葉を発する前に気がつけてよかった。



自問自答をしているうちに数馬峠に到着した。

靴に随分と小石が入ったし、電池も弱くなったし、小腹すいたので
ベンチに座りのんびりと身支度をする。短パン、Tシャツだけでは寒い。

ウインド・ブレーカーを羽織る。それでも寒い。でもこれ以上の服は持ってない(笑)


暫くすると、えくんちょさんが元気な姿でやってきた。


北「水大丈夫?」

え「ザックの奥底にペットボトルの500ccが
あったの!」

北「それは、よかった!」

え「でも、水が少ない事には変わりないから
落ち着いてペース落として行くね。」


それだけ言葉を残すと、えくんちょさんは暗闇の中へ力強い足取りで消えていった。

えくんちょさんは実に
クールだった。

北リタはもっと
話がしたかったのに(爆)



結局25分も数馬峠で留まってしまった北リタ記者は重い腰を上げて歩き始める。

しかし、筋肉が冷えてしまい思うように歩けない。長居禁物(笑)


気温は4度だったが、すぐに汗が出てきたのでウインド・ブレーカーを脱いで三頭山を目指す。 





三頭山を越えると風が強くなる。寒くなる。途中の東屋で小休止してウインド・ブレーカーを羽織る。

鞘口峠で再びウインド・ブレーカーを脱ぐ。第2関門へのロードは全速力で走った。気持ちよかった。


第2関門には目標の12時間以内で到着できた。予定がクリアできて気分も高まる。
北リタ記者の場合、走るより歩いた方が速いようだ。
世界の七不思議(爆)



5.転落事故



第2関門では、消防車のサイレンがすごかった。御前山の登りでは多くの消防士と前後して登った。

消防訓練でもやっているのかと思った。

途中で消防士の団体が集まって点呼している所を通過しようとしたら、
「選手1名来ます!」と消防士が叫んだ。


暫くして選手が奥多摩湖側の斜面に転落した事実を知る。

大会関係者が「レース参加者の方はこちらを進んでください」と誘導している。


斜面には何本ものザイルが谷底の暗闇に向かって張られている。緊張感が体を包む。

邪魔にならないように少し先に進み。転落現場を振り返り斜面を見る。


1月の深夜、月明かりに照らされ、青白く不気味に輝いていたその斜面を思い出した。


奥多摩湖からの吹き上げる強風と急傾斜のため、ここは冬でも雪があまりつかない場所だ。

転落された方はこの寒さの中、大丈夫だろうか?
祈る事しかできない自分が不甲斐ない。



6.ハセツネはレースか登山か



僕の旧友が昔ハセツネに出た時に直径4oから6o程度の
10mほどの細引きロープを持参したという話を思い出した。

その話を聞いた時、なんでレースにロープなんかを持っていくかと聞くと、

「山のレースだから何が起きるかわからないでしょ。」「怪我人を助ける時だってロープが一本あると便利だよ。」

「あとローソクが一本あれば暖も取れるよ」と答えてくれた。

奥深い言葉だ。その時の会話が何度も脳裏をよぎった。


ハセツネはレースである前に立派な登山だ。だから起こりうる危険を
自分で回避できる最低限の装備は持ってゆくべきだろう。

じゃあ起こりうる危険って何? 最低限の装備って何? 結局そんなこと言っていたら重装備にならざるをえない。

そんな事を考えているうちに御前山の山頂に着いた。


ハセツネは山を舞台にしている。レースを楽しむ前に
自然と戯れ、自然を理解する事が大切なんじゃないかなと思う。

レースで速くなる前に
人間の第六感を鍛えよう

熊との遭遇、落石、倒木など、心静かに自然と向き合えば気配でわかるものだ。

人に抜かれたら悔しいなー。渋滞で待たされたらイライラするなー。荷物が増えたら不利だなー。


でもそんなのは関係ない。何故悔しいのか。何故イライラするのか。何故軽くなければならないのか。


スローでも骨太」な気持ちでハセツネに臨もうよ。心と体に余裕があれば少しは危険を回避できる。



7.第三関門とゴール



夜明け前、ペースがガクッと落ちた。立ち止まる回数も増えた。

大ダワと大岳山の間が一番辛かったと思う。

想定外のペースダウンで20時間切りの可能性はどんどん小さくなっていく。

タイムはどうでもいいや、一歩一歩進む事が大切なのだと自分に言い聞かせる。


大岳山の山頂では夜明け前の地平線が赤々と燃えていた。美しかった。

不思議なもので太陽が出ると元気になる。しかし第3関門には予定の17時間は間に合わなかった。


北リタ記者が関門に到着した直後に、コーチさんがやってくる。

とっくにゴールしていてもおかしくない力の持ち主と出会って驚く。しばし二人で歓談。

北リタ記者の口からは何度も「
どうせ20時間は切れないから、僕はここでのんびりしていきます」との
発言が出ていたのを今でもハッキリ覚えている。

あまりの
居心地の良さにすっかり平和ボケに落ちてく北リタ記者。

恋に落ちてもいいが平和の花園に落ちてはいけない(爆)


しばらくすると今度はChunen-runnerさん(おぎ監督)が現れる。彼も俊足。

想定外の状況に、コーチさんと2人で「何で、
こんな時間にここにいるの」と

きすぎて大変デリカシーのない言葉を浴びせてしまう。


Chunen-runnerさんは
食べ物も水も受け付けず三頭山からこの第3関門まで何も口にせず来たそうだ

そんな
壮絶なレースを戦って憔悴しきった彼の口から、


まだ20時間は十分切れる」と力強い言葉が出た。


その言葉を聞いて
ハッと我に返った北リタ記者は
2人の仲間と
平和の花園にサヨナラを告げてゴールを目指し歩き出した。単純な北リタ(爆)


2人は速いから、金毘羅尾根で抜かれるだろうと、背中にプレッシャーを感じながら早足でゴールを目指す。

第3関門で30分近くもくつろいでいでしまった自分を悔やんだが、

今回のハセツネで一番楽しかった事はゴールの瞬間ではなく、

実は第3関門での
くつろぎの時間だ。本当に平和でいい時間だった。実感(笑)


20時間を切れるだろうか?あと5q地点でコーチさんに抜かれる。

彼は
ってる。オレはいてる(笑)


あと1.5q。何度も後ろを振り向くがChunen-runnerさんは姿を見せない。ちょっと心配になる。


舗装された急な坂は走れないと思ったが走れた。ひざも痛くない。諦めずに前進し続けたハセツネ。

最後くらいは走ろうと急坂を走って下る。走る事が心地よい。どんどん加速する。

気分的にはカール・ルイスに勝っていた(笑) 


一気にゴールへ飛び込む!





20時間が切れた!


諦めていた20時間切りChunen-runnerさんの一言に奮起して達成できた。感謝


今回は、歩き通せばハセツネもそんなに辛くないという事を証明できて嬉しかった。

最後まで歩き通せる体力、地足がしっかりできれば18時間台でのゴールは十分可能だ。


ハセツネを走るのは18時間切りを目指すようになってからにしよう。

それまでは地足作りに励もう。スローな北リタ記者が次に目指すのは
骨太な地足作りだ。

ゴールでは、Rouzouさん、コーチさんが迎えてくれた。

そして、すぐにChunen-runnerさんがゴールしてきた。


4年前、山が好きだからハセツネを始めた。そして今は
ココロから分かり合えるたくさんの仲間が出来て楽しいから続けられる


空がとても青かった。山の緑も綺麗だった。

奥多摩の山々、仲間、そして多くの人との出会いに感謝。




最後に、レース中に事故で亡くなられた方のご冥福をお祈りし、ハセツネ参戦記を締めくくる。





若者は北リタ記者の作戦を真似してはいけない。人には年相応の楽しみ方がある。

取材日2007年10月20〜21日 第15回 日本山岳耐久レース 長谷川恒夫CUP

ハセツネに帰ってきた北リタ記者